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グアイアズレン誘導体がミトコンドリア機能を阻害し、細胞のエネルギーを枯渇させる

 井上研は、神奈川工科大学工学部応用化学科の山口淳一教授と共同で、グアイアズレン誘導体の一つである1,2,3,4- tetrahydroazuleno[1,2-b] tropone (TAT)がミトコンドリアの電子伝達系IIに作用し、ATPの産生を阻害することで細胞が生きるためのエネルギーを枯渇させ、いわば細胞を兵糧攻めにして細胞死を誘導さ せることを見出し、その成果がFEBS Open Bio誌に掲載されることになりました(doi.org/10.1002/2211-5463.13215)。

 グアイアズレンは二環式セスキテルペンに属するきれいな青色の化合物で、カモミールなどの精油成分として含まれています。グアイアズレン誘導体は 抗酸化作用を持つことから抗炎症剤としてうがい薬や胃潰瘍薬として利用されてきました。応用化学科の山口教授グループは、様々なグアイアズレン誘導体 の合成を研究していましたが、合成されたグアイアズレン誘導体の生理作用は明らかではありませんでした。複数のグアイアズレン誘導体の生理作用を当研 究室で調べた結果、TATがHeLa細胞などのがん細胞株の増殖を強く抑制することを見出しました。この増殖測定は細胞のデヒドロゲナーゼ活性を指標 としたもので、細胞数とデヒドロゲナーゼ活性が比例することで測定します。しかし、TAT処理した細胞の生細胞数を測定したところ、デヒドロゲナーゼ 活性に対して多いことがわかりました。このことから、TATは細胞増殖を強く抑制するのではなく細胞の代謝活性を抑制しているのではないかと考えまし た。続いてATP産生量を測定したところ、細胞数に対してATP量がTATによって大きく減少することを見出しました。

 次に、TATが代謝活性を抑制することから、細胞のエネルギー代謝経路のどこに作用するかを調べました。ミトコンドリア膜電位測定色素JC-1を 用いた実験によりミトコンドリアの機能が低下することがわかりました。さらに、ミトコンドリアの活性酸素発生および、ミトコンドリアストレス応答の測 定を行い、TATがミトコンドリアに作用することを検証しました。次に、TATがミトコンドリアのどこで作用するかを調べるため細胞内のエネルギー代 謝経路の代謝物をGC-MSを用いて測定した結果、ミトコンドリア電子伝達系複合体IIに作用することが予想されました。そこで、電子伝達系複合体I の阻害剤ロテノンを用いてATP産生の抑制試験を行ったところ、TATとロテノンは相乗的にATP産生を抑制し、TATが電子伝達系複合体IIを阻害 することを支持する結果が得られました。

 ミトコンドリアの機能低下は、線虫C. elegansの寿命を延長させることが報告されています。じっさいにTATは野生型 線虫の寿命を延ばしました。いっぽう、電子伝達系複合体IIを構成するコハク酸デヒド ロゲナーゼをコードするmev-1遺伝子の 変異体線虫はTATによる寿命延長がみられませんでした。このことからもTATが電子伝達系複合体IIを阻 害すると考えられました。以下にTATが細胞に作用する模式図を示します。

         model


 TATはエネルギー消費の大きながん細胞を殺すための薬として有効であると考えられます。引き続き、アズレン誘導体がどのようにミトコンドリアの 電 子伝達系IIを阻害するかの詳細と、エネルギー代謝経路全体への影響を調べるとともに、より作用の強いアズレン誘導体を合成・探索することを目指して います。

Chieko Kasami, Jun-ichi Yamaguchi, Hideki Inoue
Guaiazulene derivative 1,2,3,4-tetrahydroazuleno[1,2-b] tropone (TAT) reduces the production of ATP by inhibiting electron transfer complex II
First published: 01 June 2021 https://doi.org/10.1002/2211-5463.13215

リンク

参考リンク
線虫について
遺 伝学電子博物館
ナ ショナルバイオリソースプロジェクト「線虫」
Wormbase
Wormbook
CGC(線虫遺伝学センター)
老化、ストレス
老 化とは?(長寿科学振興財団)
ROS とは?(日本老化制御研究所)
がん
が ん の基本知識(国立がん研究センター)
 
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